大判例

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新潟地方裁判所 昭和60年(ワ)234号 判決

原告 間利雄

右訴訟代理人弁護士 遠藤達雄

同 橘義則

被告 国

右代表者法務大臣 後藤正夫

右指定代理人 林菜つみ

〈ほか三名〉

被告 新潟県

右代表者知事 金子清

右訴訟代理人弁護士 小出良政

右指定代理人 小杉匡延

〈ほか五名〉

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金四八〇万円及びこれに対する昭和六〇年一月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する被告国の答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱の宣言

三  請求の趣旨に対する被告新潟県の答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告の地位

原告は、昭和五〇年から新潟市笹口において「新潟マイカーギャラリー」の名称で中古車販売、自動車修理業を営むようになり、同五八年三月当時は同市米山一丁目三番二二号を営業場所として同営業をなしており、従業員として妻脩子、狩谷芳男(以下「狩谷」という。)、斎藤明子(以下「斎藤」という。)及び中島勇雄の四名を使用していた。

2  本件の逮捕、捜査、勾留、勾留延長、起訴及び公訴追行

(一) 原告は、同五八年三月三日、新潟市万代二丁目一番一号新潟トヨタ自動車株式会社(代表取締役等々力英男、以下「新潟トヨタ」という。)からトヨタクラウンロイヤルサルーン一台(登録番号新潟三三さ二八―一三、以下「本件車輌」という。)を割賦で購入し、同月一八日、本件車輌を同市米山二丁目五番地一七北澤商事株式会社(代表取締役北澤輝、以下、北澤商事株式会社を「北澤商事」とその代表取締役北澤輝を「北澤」という。)に割賦で販売した。そして、同年八月二四日北澤商事から本件車輌の引き渡しを受け、翌二五日、本件車輌を新潟県長岡市喜多町三〇三番地一株式会社新潟モータープライズ(代表取締役中沢興六、以下、株式会社新潟モータープライズを「新潟モータープライズ」と、その代表取締役中沢興六を「中沢」という。)に割賦で販売した。ところが、同月三一日、新潟マイカーギャラリーが手形の不渡事故を惹起して事実上倒産したため、原告は債権者らの追求を逃れるため上京し、同年九月二〇日東京都板橋区成増三丁目五番二号に住民登録を移した。

(二) その後の同年一〇月二六日、北澤は、新潟東警察署に「同年八月二四日原告に本件車輌を修理のために預けたところ、勝手に新潟県長岡市内の中古車販売業者に売却処分された。」旨の横領の被害届を提出し、続いて同年一〇月二八日、新潟トヨタ車輌部第二課長田中鐡雄(以下「田中」という。)も、同警察署に「同年三月三日付で原告に本件車輌を代金二一八万二七三四円で割賦販売し約束手形一二通を受け取ったが、内四通が決済されたのみで残債が金一五二万〇七三四円あり、また車の所有権が新潟トヨタに留保されているのに、勝手に売却処分された。」旨の横領の被害届を提出した。そこで、右各被害届を受理した新潟東警察署警察官は、原告に対する被疑事件の捜査に着手し、同五九年一月二四日、新潟簡易裁判所裁判官に新潟トヨタを被害者とする別紙(一)記載の業務上横領の事実(以下「本件事実(一)」という。)で通常逮捕状の請求をなし、同日その発付を得た。

(三) 原告は、同月二七日、埼玉県新座市東北二―一三―二三第二、三上マンション四〇五号室において本件事実(一)で通常逮捕され(以下「本件逮捕」という。)、同月二九日新潟地方検察庁に送致された後、同庁検察官の同日付勾留請求(以下「本件匂留請求」という。)とこの執行行為、同年二月七日付勾留延長請求(以下「本件匂留延長請求」という。)とこの執行行為及び同月一七日付勾留中求令状請求とこの執行行為によって、同年六月一五日付保釈許可決定に基づいて釈放されるまでの一四一日間にわたり身体の拘束を受けた。

(四) 原告は、本件逮捕後、警察官及び検察官から本件事実(一)について取調べを受け、同年二月一日午後三時からは北澤商事を被害者とする別紙(二)記載の背任の事実(以下「本件事実(二)」という。)について取調べを受けるに至ったが(以下「本件捜査」という。)、右捜査には、検察官髙橋晧太郎(以下「髙橋検事」という。)、警察官鈴木寛捜査第二課長、同笹川昭三、同田巻義二及び同堤嘉昭各巡査部長らが主に当った。

(五) 原告は、同年二月一七日、本件事実(二)につき髙橋検事によって新潟地方裁判所に勾留中求令起訴(事件番号同年(わ)第三九号。以下「本件起訴」という。)され、主に検察官柏村隆幸(以下「柏村検事」という。)立会の下で一三回の公判審理を経た後、同六〇年一月二五日同裁判所において無罪の判決の宣告を受け、同判決は同年二月八日控訴期間の徒過により確定した。

(六) 公判審理の概要は、次のとおりである。

(1) 第一回公判(同五九年三月一二日)

人定質問、起訴状朗読

弁護人の求釈明及び検察官の釈明

―本件車輌の修理方を依頼された者は、新潟マイカーギャラリーの従業員狩谷であり、依頼内容は自動車の調子が悪いから修理してもらいたいというものである。

原告の罪状認否及び弁護人の意見陳述

―本件車輌は北澤から修理を依頼されて預かったものではなく、セドリックブロアムと買い換えるために、売却依頼を受けて預かったものであるから無罪である。

検察官の冒頭陳述

(2) 第二回公判(同年四月一八日)

証人北澤(第一回)、同狩谷の各証人尋問

(3) 第三回公判(同年五月一六日)

検察官の釈明、証人中沢の証人尋問、原告の被告人質問

(4) 第四回公判(同年六月六日)

弁護人の求釈明

―北澤、狩谷、中沢の各証人尋問を行い、故障の存否、故障個所及び修理依頼内容等について詳しく質問したが、いまだに依頼にかかる修理の内容は明らかになっていないと考える。本件車輌の故障個所及び北澤が依頼した内容を明らかにせよ。

証人田巻巡査部長の証人尋問、原告の被告人質問

(5) 第五回公判(同月一五日)

証人田中、同北澤(第二回)の各証人尋問

検察官の訴因等変更請求

―訴因を北澤商事を被害者とする別紙(三)記載の業務上横領の事実(以下「本件事実(三)」という。)に変更する。

原告の罪状認否及び弁護人の意見陳述

―第一回公判と同じ

弁護人の冒頭陳述、証人間忠明、同斎藤の各証人尋問

(6) 第六回公判(同月二七日)

検察官の釈明

―本件車輌の修理依頼内容はミッション部分に異音がするというものである。

証人五十嵐脩子の証人尋問、原告の被告人質問

(7) 第七回公判(同年七月二五日)

原告の被告人質問

(8) 第八回公判(同年八月二九日)

弁護人の求釈明

―検察官は、本件車輌につき、その主張の故障の存否につき調査したことがあるか明らかにせよ。

原告の被告人質問

(9) 第九回公判(同年九月二一日)

証人北澤(第三回)の証人尋問

(10) 第一〇回公判(同年一〇月一七日)

証人米山清、同伊藤喜章の各証人尋問

(11) 検証(同年一一月八日)

(12) 第一一回公判(同日)

証人多賀谷巌、同白倉長男、同松木彰の各証人尋問

原告の被告人質問

(13) 第一二回公判(同月二一日)

原告の被告人質問、検察官の論告

(14) 第一三回公判(同年一二月五日)

弁護人の論告に対する異議申立、検察官の意見及び釈明

弁護人の弁論及び原告の最終陳述

(15) 第一四回公判(同六〇年一月二五日)。

判決宣告

3  警察官及び検察官の不法行為

(一) 本件逮捕の違法性

本件事実(一)は新潟トヨタを被害者とする業務上横領の事実であり、その要旨は原告が新潟トヨタから譲渡等禁止約款付割賦販売契約を交わして本件車輌の引き渡しを受けて業務上預かり保管中代金完済前に本件車輌を北澤商事に売却したというにある。

しかし、新潟トヨタ(担当者当野半一)は原告に対し、本件車輌を原告が商品車として販売することを前提として購入方の申し込みをなしたものであるから、原告と新潟トヨタとの間には右譲渡等禁止約款の適用がないことは明らかであった。仮にそうでないとしても、右のとおり、警察官は、原告が自動車の販売を業とする者であること、従って、原告に処分権の存する可能性があること及び直接の担当者が当野半一であることを知っていたのであるから、単に上司たる田中から事情を聴取しただけでは足りず、当野から原告との具体的な交渉内容について事情を聴取すべきであり、しかも、これを行ってさえいれば原告に本件事実(一)の容疑が存しえないことを容易に知り得たのである。

また、原告は、本件車輌を北澤商事に売却した後五か月にわたり前記営業場所において営業を続け、倒産に伴い上京したが、同五八年九月二〇日には東京都板橋区成増三丁目五番二号に住民登録を移し、かつ運転免許証の住所も移転し、同所から安全興業株式会社(同都板橋区坂下一丁目二二番一〇号)に勤務しタクシー運転手として稼働していたのである。警察官は、右住民登録移転の事実を新潟市長作成の身上調査照会回答書(甲い第一二号証)により同年一一月七日には既に知っていたのであるから、原告から一度も事情を聞くこともなく、しかも、同五九年一月の下旬になり突然本件逮捕に及ぶ必要など全くなかったのである。

右のとおり、原告には、本件事実(一)を犯したことを疑うに足りる相当の理由も逮捕の必要性も存しなかったのであり、警察官は、これを知っていたか、あるいは容易に知り得たにもかかわらず、これが存するものとして本件逮捕に及んだものであって、本件逮捕は違法である。

(二) 本件勾留請求とこの執行行為及び本件勾留延長請求とこの執行行為の違法性

検察官は、本件事実(一)を被疑事実として本件勾留請求とこの執行行為及び本件勾留延長請求とこの執行行為をしているところ、右(一)で述べたとおり、原告には本件事実(一)を犯したことを疑うに足りる相当の理由は存しなかったのである。仮にそうでないとしても、検察官は、遅くとも同五九年二月一日の段階ではこのことを知っていた。このことは、警察官が、検察官との協議に基づき、同日午後三時から被疑事実を本件事実(一)から本件事実(二)に切り替えて取調べを始めていること及びその後本件事実(一)についてはほとんど捜査がなされていないことに照らし明らかで、この時点で検察官は本件事実(一)に対する嫌疑が消失したことを知ったのである。しかも、右嫌疑の消失が本件勾留後の捜査に基づくものでないことに鑑みると、検察官は、本件勾留請求の段階で既にこのことを知っていたか、少なくとも知り得たのに、本件事実(一)での勾留を継続利用しながら別件である本件事実(二)についての捜査をしていたのである。また、検察官は、右(一)で述べた事情により、原告が定まった住居とタクシー運転手という定職とを有し、逃亡することもかつ、罪証を湮滅するおそれもないことを知っていた。

右のとおり、原告には、本件事実(一)を犯したことを疑うに足りる相当の理由も刑訴法六〇条一項各号に定める勾留の理由も存しなかったのであり、検察官は、これを知っていたか、あるいは容易に知り得たにもかかわらず、別件である本件事実(二)の捜査目的のために、これが存するものとして本件勾留請求とこの執行行為及び本件勾留延長請求とこの執行行為をしたものであって、このことは違法である。

(三) 警察官による自白の強要

原告は、本件逮捕後、本件事実(一)について取調べを受けてきたが、警察官は、同五九年二月一日午後三時からは本件事実(二)について取調べを開始し、田巻巡査部長が右取調べに当った。

田巻巡査部長は、同日午後三時、原告に対し「修理を依頼されている車を売り飛ばしたことはないか。」「北澤さんから被害届が出ている。北澤さんからオイル漏れで預かった車を処分したろう。」と語気鋭く供述を強要し、これに対する原告からの、本件車輌のオイル漏れは修理済みである旨及び同五八年八月二四日に北澤から売却依頼を受けて本件車輌の引き渡しを受けた旨の弁解に全く取り合わず、同日午後六時から再び取調べを始め、原告に対し被害届一覧表(甲う第一〇号証)を示して「これを認めないと、他に出ている被害届があるんだから、みんな罪にするぞ。」と脅迫し、北澤の供述録取書(甲う第八、第九号証)を原告に読み聞かせるなどして、そのとおりの事実を認めるよう原告を強要した。

また、同日午後六時からの取調べには鈴木課長が取調室に同席したが、同人は机を拳で何度もたたきながら、「嘘ばっかり言ってんな。北澤さんは嘘を言う人ではない。警察というのは、事件をおまえに反省させて、おまえを立て直す所なんだ。」等と大声で怒鳴り原告を脅迫した。

田巻巡査部長及び鈴木課長から右脅迫及び怒号等による強要を受けた原告は、もはや何を話しても相手にされる余地がないものと諦め、また、そうでもしないとこのまま脅迫的取調べがいつまでも続けられる気配にあり、しかも、身に覚えのない他の件についても長期にわたり取調べを受けなければならなくなると感じたため、客観的に本件車輌にはオイル漏れの故障など存しなかったにもかかわらず、田巻巡査部長の言い分を認めてしまい、北澤の供述録取書と同一内容の「ロイヤルサルーンがオイル漏れするので修理して貰いたいという依頼を受けたのです。」との自白調書に署名指印をしてしまった。

右のとおり、警察官は、本件勾留を別罪である本件事実(二)の捜査のため利用して脅迫及び怒号等により原告に本件事実(二)につき自白を強要したことは明らかで、このことは違法たるを免れない。

(四) 警察官による虚偽の供述録取書の作成

(1) 堤巡査部長は、同五九年二月三日、狩谷から参考人として事情を聴取した。その際狩谷は、同五八年八月に北澤が原告に本件車輌を引き渡した趣旨については知らないと述べたにもかかわらず、堤巡査部長は、「修理依頼を受けて預かった車輌である。」旨及び「同月二五日には原告がこれを売却してしまったことで原告を問い詰めた。」旨の虚偽の供述録取書(甲う第一四号証)を作成したもので、違法たるを免れない。

(2) 笹川巡査部長は、同五九年二月三日斎藤から参考人として事情を聴取した。その際斎藤は、同五八年八月に北澤が原告に本件車輌を引き渡した趣旨については下取り車として引き渡しを受けた旨述べたにもかかわらず、笹川巡査部長は、「修理に入ったのを売った。」旨の事実に反する供述録取書を一旦作成し、斎藤からこれについて異議を述べられるや、これを破り捨て、「引き渡しの趣旨はよく分からない。」旨の斎藤の供述に反する供述録取書を作成したもので、違法たるを免れない。

(五) 警察官及び検察官の捜査の懈怠

およそ、故障が何ら存しない車輌を修理依頼する者はなく、また、車輌のように大きくかつ複雑な構造を有するものであるならなおさらのこと、他人に修理を依頼する場合には、故障個所、故障の態様等を明確に伝達することが通例である。すなわち、車輌の修理依頼には、故障個所の存在と故障態様の特定が不可欠の前提をなす。北澤は、同五八年一〇月二六日付及び同五九年二月一日付各供述録取書(甲う第八、第九号証)において、同五八年八月に本件車輌を原告に引き渡した趣旨はオイル漏れの修理依頼であったと明確に述べているのであるから、捜査機関としては、まず、かかる故障が実際に存したか否か、存したとすればその故障は現存するのか否か、現存しないのであれば何時、何人によって修理されたのか、について当然捜査を行う義務があったというべきである。

ことに、警察官にあっては、原告が同五九年二月一日の取調べにおいて「オイル漏れは修理済みである。」との弁解を述べているのであるから、この点について特に注意して捜査をなすべきことは当然といわなければならない。右事実について、警察官は、本件車輌を当時占有していた中沢のもとに、同五八年一〇月三一日と同五九年二月二日の二度にわたり赴いて事情を聴取し(甲う第二、第三号証)、ことに、同日、中沢から本件車輌の任意提出を受け写真撮影を行っている(甲い第二ないし五号証)のであるから、その際に本件車輌の故障に関する前記の点を確認することは極めて容易であった。また、同日は、原告が「オイル漏れは修理済みである。」との弁解を行った日の翌日であることに鑑みれば、車輌の故障個所について全く調査しなかったということは著しい任務の懈怠であり、この任務懈怠は違法である。

さらに、検察官としては、国家の公訴権を行使する者として、後記のとおり、公訴の提起までに犯罪事実の十分な裏付け捜査を行うべき義務があり、右に述べた本件車輌の故障個所の確認は、当然この義務の範囲内にあるもので、これを行わなかったことは任務の懈怠に該当し、この任務懈怠は違法である。

(六) 本件起訴の違法性

(1) もとより、刑事事件において無罪判決が宣告されこれが確定したということだけで、直ちにその公訴提起自体が違法との評価を受けるべきものではない。しかし、検察官が、当然なすべき捜査を怠って、証拠資料の収集が十分でなかったか、または、収集された証拠の証拠能力あるいは証明力の評価を誤ったために、経験則上、論理則上首肯しえない心証の形成をなし、客観的にみて有罪判決を得る見込みが十分にあるとはいえないにもかかわらず、公訴を提起した場合には、その公訴提起自体が違法になるというべきである。

(2) 検察官の違法行為

本件事実(二)は北澤商事を被害者とする背任の事実であり、その要旨は、原告が北澤商事から本件車輌の修理依頼を受けて預かり保管中右任務に違背して本件車輌を売却したというものであるところ、髙橋検事は、本件起訴時において、原告が北澤から修理を依頼された故障内容をオイル漏れであると考えていたもので、右認識は北澤の警察官に対する同五八年一〇月二六日付及び同五九年二月二日付各供述録取書(甲う第八、第九号証)、原告の自白調書の内容に沿うものである。

本件起訴時において、本件車輌の故障個所に関する証拠は、原告の供述録取書を除けば、北澤の供述録取書のみであり、また、原告がこの点につき「オイル漏れは修理済みである。」との弁解を述べていたのであるから、北澤の供述録取書の内容を他の証拠との関係で確認すること、いわゆる裏付け捜査をなすことは、公訴提起にあたって必要不可欠なことであり、その裏付けの内容として、本件車輌について故障の個所を確認すること、そしてその後の運転者である中沢に修理の有無を確認することは、極めて容易になし得たし、本件車輌が常に新潟トヨタに修理に出されていた経緯については、北澤の供述録取書中にも記載されているのであるから、新潟トヨタに故障の存在及び再修理の可能性について照会することも容易になし得たことである。さらに、北澤の供述録取書自体が重大な矛盾を含有するものであったのであるから、唯一の人証である北澤について取調べを行うべきであったし、右取調べを容易に行うことができたのである。髙橋検事は、自ら又は警察官を通じて以上のような補充捜査を行うことが可能であり、かつ、行うべき義務があり、しかも、これを行ってさえいれば、北澤の供述録取書に信用性のないことを容易に知り得たのである。また、髙橋検事は、原告が供述録取書中において、営業所の展示場には本件車輌の他に約四〇台もの商品車があった旨供述しているのであるから、倒産を回避するには、まずそれらを売却処分するのが通常であり、真っ先に顧客からの預かり車輌を処分するなどということは犯行の動機としては極めて不自然であることを知るべきであり、動機についても原告に十分に問い質すべきであった。さらに、警察においては強要的に自白調書の作成が行われることは希ではないのであるから、原告の警察官に対する供述録取書の作成過程が任意になされたか否かを原告に問い質すべきであった。髙橋検事は、以上のような被疑者取調べにあたっての基本的な義務を履行してさえいれば、原告の供述録取書には証拠能力及び証明力のないことを容易に知り得たのである。

右のとおり、髙橋検事は、本件において当然なすべき捜査を怠って容易に知り得る事実を看過し、その結果、北澤の警察官に対する供述録取書の証明力の評価を誤り、かつ、原告の自白調書の証拠能力、証明力の評価を誤って、事実誤認に陥り、なんら罪を犯していない原告に対し、客観的事実と異なった本件事実(二)について公訴を提起したのであって、本件起訴は、検察官に与えられた起訴裁量の範囲を大きく逸脱していることは明らかで、違法たるを免れない。

(七) 本件公訴追行の違法性

(1) 検察官は、公訴提起の後においても、それまで公判廷において取り調べ済みの証拠、今後取り調べることが可能な証拠等に基づき、経験則上、論理則上客観的に見て有罪判決を得る見込みが十分にある場合に限って、公訴の追行・維持をすることが許されるものといわなければならない。以上の要件を欠くにもかかわらず、検察官が公訴の追行・維持をすることは、違法となるというべきである。

(2) 検察官の違法行為

本件刑事被告事件の第二回公判期日において、検察官の申請にかかる証人北澤、同狩谷の各証人尋問が行われたが(甲お第一、第二号証)、柏村検事は、これに先立ち右両証人に事情聴取を行った。その結果、柏村検事は、北澤からの事情聴取では、同五八年八月の車輌引き渡し時にはオイル漏れの故障など存しなかったことを知り、狩谷からの事情聴取では、同人が本件車輌の引き渡しの趣旨については全く聞知していないことを知った。本件車輌の修理依頼にとって故障個所の存在及び特定は不可欠のものであることは前述したとおりであるが、柏村検事は、右事情聴取により、本件刑事被告事件において、原告の犯罪を立証すべく用意されていた北澤の警察官にたいする供述録取書(甲う第八、第九号証)がその最も中心をなす故障個所について事実に反する虚偽のものであることが分かり、また、これを補強するはずであった狩谷の警察官に対する供述録取書(甲う第一四号証)が修理依頼の趣旨について事実に反する虚偽のものであることが分かったのである。さらに、原告の警察官及び検察官に対する供述録取書は、右北澤の供述録取書と同様に、故障個所について事実に反し全体として信用性のないものであることが分かったのである。柏村検事は、これら手持証拠の瓦解に加えて、原告が第一回公判期日の罪状認否において「本件車輌の引き渡しの趣旨が下取りのためである。」旨の答弁をした(甲あ第五号証)ことを知っていることに照らすと、この時点で、本件事実(二)につき犯罪が成立しないことを知ったのである。仮にそうでないとしても、柏村検事は、右の時点において、原告に対し有罪の判決を得る見込みがないことを認識したのである。柏村検事が、その後の第四回公判期日において、弁護人からの本件車輌の故障個所を明らかにされたいとの釈明に対して「釈明に対してはもう一度検討してみたい。」と答えるにとどまっていることは、このような認識の現れである。

右のとおり、柏村検事は、原告に対し本件事実(二)ないし(三)の犯罪が成立しないことを知り、あるいは有罪判決を得る見込みがないことを認識しながら、公訴を追行・維持したことは明らかであって、本件公訴追行は違法たるを免れない。

4  被告らの責任

(一) 被告新潟県

原告は、本件逮捕及び本件捜査によって後記損害を被ったが、本件逮捕及び本件捜査は、警察官が被告新潟県の公権力の行使に当たり職務行為として行ったものであるから、被告新潟県は、国家賠償法一条一項に基づき原告に対し右損害につき賠償すべき責任がある。

(二) 被告国の責任

原告は、本件捜査、本件勾留請求とこの執行行為、本件勾留延長請求とこの執行行為、本件起訴及び本件公訴追行によって後記損害を被ったが、本件捜査、本件勾留請求とこの執行行為、本件勾留延長請求とこの執行行為、本件起訴及び本件公訴追行は、検察官が被告国の公権力の行使に当り職務行為として行ったものであるから、被告国は右(一)と同様に原告に対し右損害につき賠償すべき責任がある。

(三) 共同不法行為

本件刑事事件は、原告の訴追を目的とした担当の警察官と検察官との相互の連絡、協議のもとにこれらが一体となった有機的組織体として捜査が敢行され、その結果として収集された証拠により公訴が提起され、追行されたもので、右警察官及び検察官の行った前記各行為は主観的、客観的に関連共同しているから、被告新潟県及び被告国は原告に対し右損害につき連帯して賠償すべき責任がある。

5  損害 金四八〇万円

原告は、本件損害として、(一)の慰謝料から(三)の刑事補償金を控除した金額のうちの金四〇〇万円及び(二)の弁護士費用を加えた金四八〇万円を請求する。

(一) 慰謝料 金五〇〇万円

本件の逮捕、捜査、勾留、勾留延長、起訴及び公訴追行により、原告は、東京都下における平穏な生活を踏みにじられた上、社会的信用及び当時有していたタクシー運転手としての職も失い、また、犯罪の嫌疑により前記のとおり一四一日間にわたる過酷な監獄での生活を余儀なくされ、保釈後も刑事被告人として法廷に出頭することを余儀なくされた。かかる言語に絶する原告の苦痛を慰謝するためには右金額が相当である。

(二) 弁護士費用 金八〇万円

原告は、本訴請求につき弁護士に訴訟追行を委任し、その着手金及び報酬金として右金額の支払を約した。

(三) 刑事補償 金八四万六〇〇〇円

原告は、刑事補償法一条、四条に基づき、新潟地方裁判所から刑事補償金として右金額を交付するとの決定を受けた。

よって、原告は、被告らに対し、国家賠償法一条一項に基づき、各自金四八〇万円とこれに対する本件各不法行為の日の後である同六〇年一月二五日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告新潟県

(一) 請求原因1(原告の地位)及び2(本件の逮捕、捜査、勾留、勾留延長、起訴及び公訴追行)はいずれも認める。

(二) 同3(一)(本件逮捕の違法性)のうち、本件事実(一)が新潟トヨタを被害者とする業務上横領の事実であり、その要旨は、原告が新潟トヨタから譲渡等禁止約款付割賦販売契約を交わして本件車輌の引き渡しを受けて業務上預かり保管中代金完済前に本件車輌を北澤商事に売却したというにあること、新潟トヨタ(担当者当野半一)が原告に対し本件車輌の購入方の申し込みをなしたこと、原告が本件車輌を北澤商事に売却した後五か月にわたり新潟市において営業を続けていたこと、原告が同五八年九月二〇日に東京都板橋区成増三丁目五番二号に住民登録を移したこと及び警察官が右住民登録移転の事実を新潟市長作成の身上調査照会回答書により同年一一月七日には知っていたことは認め、その余は不知ないし争う。

(三) 同3(二)(本件勾留請求とこの執行行為及び本件勾留延長請求とこの執行行為の違法性)のうち、検察官が本件事実(一)を被疑事実として本件勾留請求とこの執行行為及び本件勾留延長請求とこの執行行為をしたこと、警察官が検察官との協議に基づき同五九年二月一日から本件事実(二)について取調べを始めたことは認め、その余は不知。

(四) 同3(三)(警察官による自白の強要)のうち、原告が、本件逮捕後、本件事実(一)について取調べを受けてきたこと、警察官が、同五九年二月一日午後三時からは本件事実(二)について取調べを開始し、田巻巡査部長が右取調べに当ったこと、田巻巡査部長が同日午後三時及び午後六時から原告を取調べたこと、午後三時からの取調べの際、原告が本件車輌のオイル漏れは修理済みである旨及び同五八年八月二四日に北澤から売却依頼を受けて本件車輌の引き渡しを受けた旨の弁解をしていたこと、午後六時からの取調べには鈴木課長が取調室に同席したこと、原告の供述調書の内容が車のオイル漏れの修理依頼となっていることは認め、その余は争う。

(五) 同3(四)(警察官による虚偽の供述録取書の作成)は、(1)のうち堤巡査部長が同五九年二月三日狩谷から参考人として事情を聴取したこと、(2)のうち、笹川巡査部長が同日斎藤から参考人として事情を聴取したことは認め、その余は争う。

(六) 同3(五)(警察官及び検察官の捜査の懈怠)のうち、北澤が同五八年一〇月二六日付及び同五九年二月一日付各供述録取書において、本件車輌の引き渡しの趣旨はオイル漏れの修理依頼であったと述べていること、警察官が同五八年一〇月三一日と同五九年二月二日中沢から事情聴取をしたこと、同日本件車輌の任意提出を受け写真撮影を行っていることは認め、その余は不知ないし争う。

(七) 同3(六)(本件起訴の違法性)のうち、本件事実(二)が北澤商事を被害者とする背任の事実であり、その要旨は、原告が北澤商事から本件車輌の修理依頼を受けて預かり保管中右任務に違背して本件車輌を売却したというものであることは認め、その余は不知ないし争う。

(八) 同3(七)(本件公訴追行の違法性)は不知。

(九) 同4(被告らの責任)のうち、(一)及び(三)は争い、(二)は不知。

(一〇) 同5(損害)のうち、(三)は不知、その余は争う。

2  被告国

(一) 請求原因1(原告の地位)及び2(本件の逮捕、捜査、勾留、勾留延長、起訴及び公訴追行)はいずれも認める。

(二) 同3(一)(本件逮捕の違法性)のうち、本件事実(一)が新潟トヨタを被害者とする業務上横領の事実であり、その要旨は、原告が新潟トヨタから譲渡等禁止約款付割賦販売契約を交わして本件車輌の引き渡しを受けて業務上預かり保管中代金完済前に本件車輌を北澤商事に売却したというにあることは認め、その余は不知ないし争う。

(三) 同3(二)(本件勾留請求とこの執行行為及び本件勾留延長請求とこの執行行為の違法性)のうち、検察官が本件事実(一)を被疑事実として本件勾留請求とこの執行行為及び本件勾留延長請求とこの執行行為をしたこと、警察官が検察官との協議に基づき同五九年二月一日から本件事実(二)について取調べを始めたことは認め、その余は否認ないし争う。

(四) 同3(三)(警察官による自白の強要)のうち、原告が、本件逮捕後、本件事実(一)について取調べを受けてきたこと、警察官は、同五九年二月一日午後三時からは本件事実(二)について取調べを開始し、田巻巡査部長が右取調べに当ったこと、原告の供述調書の内容が車のオイル漏れの修理依頼となっていることは認め、その余は不知ないし争う。

(五) 同3(四)(警察官による虚偽の供述録取書の作成)のうち、警察官が狩谷及び斎藤から事情を聴取したことは認め、その余は不知。

(六) 同3(五)(警察官及び検察官の捜査の懈怠)のうち、北澤が、同五八年一〇月二六日付及び同五九年二月一日付各供述録取書において、同五八年八月に本件車輌を原告に引き渡した趣旨はオイル漏れの修理依頼であったと述べていることは認め、その余は争う。

(七) 同3(六)(本件起訴の違法性)の(1)は法律上の一般的主張としては争わない。同(2)のうち、本件事実(二)が北澤商事を被害者とする背任の事実であり、その要旨は、原告が北澤商事から本件車輌の修理依頼を受けて預かり保管中右任務に違背して本件車輌を売却したというものであること、髙橋検事が、本件起訴時において、原告が北澤から修理を依頼された故障内容をオイル漏れであると考えていたことは認め、検察官が北澤の警察官に対する供述録取書の証明力の評価を誤り、かつ、原告の自白調書の証拠能力、証明力の評価を誤って、事実誤認に陥ったとの部分はいずれも否認する。

(八) 同3(七)(本件公訴追行の違法性)の(1)は法律上の一般的主張としては争わない。同(2)のうち、本件刑事被告事件の第二回公判期日において、検察官の申請にかかる証人北澤、同狩谷の各証人尋問が行われたが、柏村検事が、これに先立ち右両証人に事情聴取を行ったことは認め、その余は否認ないし争う。

(九) 同4(被告らの責任)はいずれも争う。

(一〇) 同5(損害)のうち、冒頭部分は争う。(一)のうち、原告が同五九年一月二七日から同年六月一五日までの一四一日間勾留されたことは認め(但し、勾留場所は、同年一月二七日から同年二月二三日までは新潟東警察署留置場であり、その後は新潟刑務所である。)、その余は不知ないし争う。(二)のうち、原告が本訴請求につき弁護士に訴訟追行を依頼したことは認め、その余は不知。(三)は認める。

三  被告らの主張

1  被告新潟県

(一) 本件逮捕の適法性について

(1) 本件逮捕の適法性の判断基準

およそ刑事事件において、逮捕事実について公訴が提起されなかったからといって、逮捕が直ちに違法となるものではない。逮捕は、その時点における各種の証拠資料を総合勘案して、罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がありかつ、逮捕の必要性が認められる限り適法であり、警察官の右行為が経験則、論理則に照らして、到底その合理性を肯定することができない程度に達していない限り、その行為は適法行為として国家賠償法による賠償の対象にならないというべきである。

(2) 本件逮捕の適法性

原告は同五九年一月二七日本件事実(一)で通常逮捕されたが、それまでに警察官が収集した捜査資料の主なものは、鈴木課長作成の同五八年一〇月七日付捜査報告書、北澤作成の同月二六日付被害届、北澤の同日付員面調書(甲い第七号証、甲う第八号証)、田中作成の同月二八日付被害届、田中の同日付員面調書(甲い第八号証、乙第一号証)、中沢の同月三一日付員面調書(甲え第二号証)、新潟市長作成の同日付身上調査照会回答書(甲い第一二号証)、警察官渡部政孝作成の同月二七日付及び同五九年一月二四日付各捜査報告書であった。

右各資料を総合すると、原告は、同五八年三月当時、新潟市米山一丁目三番二二号において新潟マイカーギャラリーの名称で新中古車の販売修理業を営んでいたものであるが、同月三日、かねてから取引のあった新潟トヨタと本件車輌につき所有権留保付割賦販売契約を締結し、本件車輌の引き渡しを受け、預かり保管中、代金を完済しなければ入質、譲渡、転貸等してはならない約旨であったにもかかわらず、本件車輌の代金の完済に至らないのに、ほしいままに同月一八日本件車輌を北澤商事に売却したこと、さらに、原告は、同年八月二四日、北澤から修理依頼を受けて本件車輌を預かり保管中、同月二五日本件車輌を新潟県長岡市内の新潟モータープライズに売却したことが認められ、これによれば、原告が新潟トヨタに無断で本件車輌を北澤商事に売却し、もって本件車輌を横領した事実が十分認められたし、また、原告は、同月三一日自己の経営する新潟マイカーギャラリーが多額の負債を抱え倒産した際、妻子、従業員にも行先を明らかにしないまま姿を隠し、また、債権者はもとより、数年来の顧客である北澤に対しても、修理依頼された本件車輌を処分しながら何ら事情を説明することなく所在をくらまし、音信不通となっていたこと、その後、同年一〇月三一日付新潟市長作成の身上調査照会回答書により、原告が同年九月二〇日東京都板橋区成増三丁目五番二号に住民登録を移していたことが判明したが、既に同月五日に妻と協議離婚し、長男・長女とも別れ、単身で生活している状況にあることが認められ、以上、倒産直後の原告の行動や、妻子と別れ身軽に生活している状況、さらに多額の負債を抱えていること等諸般の事情から判断して、原告には捜査の手が身辺に及べば逃走のおそれが十分認められた。

右のとおり、原告には本件事実(一)を犯したと疑うに足りる相当な理由がありかつ、逮捕の必要性があったもので、これが経験則、論理則から見て到底その合理性を肯定することができない程度に達していたということはできないことは明らかであるから、本件逮捕は適法である。

(3) 原告の主張に対する反論

原告は、新潟トヨタと原告との間には所有権留保付割賦販売契約書の譲渡等禁止約款の合意は存しない旨主張するが、新潟東警察署は、田中から被害届を受理した際、右約款条項について説明を求め、同人から「代金完済前の転売等は認めていない。中古車等の販売業者に対しても同様である。完済前の転売等については、事前に相談を受け未済額に対する決済方法について協議し、業者等の信用度合、取引の実績、営業状態等により諾否を決定するのが業界の通常の方法であり、他社も概ね同様である。この約款条項については業者は十分承知しているものである。」との確認を得ており、右説明には十分合理性があったから、この点に関する原告の主張は失当である。

また、原告は、直接の担当者である当野半一から事情を聴取すべきであった旨主張するが、右のとおり、既に当野の上司である田中から直接事情を聴取しておりかつ、右説明には十分合理性が認められたから、当野から事情を聴取する必要性はなかったもので、この点に関する警察官の捜査には何ら違法な点はない。

さらに、原告は、原告から事情を聴取すべきであった旨主張するが、前述したとおり、捜査の結果得た関係資料により、原告が本件事実(一)を犯したと疑うに足りる相当な理由がありかつ、逮捕の必要性があることが十分認められたから、その必要性もなかったもので、この点に関する警察官の捜査には何ら違法な点はない。

なお、田中が本件車輌が原告から北澤商事に売却されたことを知ったのは、原告が倒産した後のことである。

(二) 田巻巡査部長及び鈴木課長の取調べの適法性について

(1) そもそも被疑者の取調べは、刑事司法の目的を達成するうえで極めて重要な手段であり、犯罪の嫌疑ある者に対して、その供述の矛盾を追求し、証拠を示し、または良心に訴える等の方法により自白を説得したり、勧誘すること自体は、それが強制にわたらない限り、何ら批難すべきことではない。

(2) 本件取調べの適法性

同五九年二月一日に田巻巡査部長及び鈴木課長が原告を取り調べた状況及び原告が自白した経緯は、次のとおりである。すなわち、原告は、同年一月二七日通常逮捕され、翌二八日から本件事実(一)について田巻巡査部長の取調べを受け、翌二九日身柄付で新潟地方検察庁に送致され、同月三〇日、三一日と同事実について田巻巡査部長の取調べを受けた。同年二月一日、鈴木課長が検察庁に赴いた際、担当の髙橋検事と協議した結果、本件車輌について被害者を異にする二通の被害届が出されていることから、本件事実(二)についても取調べを行うこととなった。鈴木課長から指示を受けた田巻巡査部長は、原告に本件事実(二)について取り調べる旨を告げ、背任罪の構成要件等具体的に説明し、黙秘権を告げた後、同日午後三時ころから同事実について取調べを始めたところ、原告は、当初、本件車輌は修理依頼のために預かったものではなく、売却を依頼されたものであり、このことは新潟マイカーギャラリーの従業員が知っている旨の弁解をした。そのため、田巻巡査部長は、夕食時でもあることから取調べを中断し、新潟マイカーギャラリーの従業員であった狩谷に架電して原告の主張について確認したところ、狩谷は同五八年八月二四日に北澤が本件車輌を置いていったことは認めたものの、引き渡しの趣旨については知らないと申し立てた。さらに、北澤にも架電して確認したところ、北澤は「売ってくれとか、処分してくれとかは一つも言っていない。」等と申し立て、結局、原告の主張する売却依頼の裏付けは得られなかった。田巻巡査部長は、同日午後六時ころから再び原告の取調べを始め、右確認事実を告げ、また、売却依頼であるとするなら、北澤との間で通常行われるであろう売買契約の内容、注文書、下取り価格等について何ら合意がないこと、同五八年八月三一日に北澤と会う約束を反故にしてなぜ逃げたのか等について追求したところ、原告は、しばらくの間黙考した後、「嘘をいってすみません。あれは売ってくれと言ったんじゃなく、修理依頼でした。売却したのは、八月の手形を決済しなければならなかった。銀行の取引停止を受けないためにどうしても金が必要だった。本件車輌を売って、金を銀行に入れ、取引停止を避けたかった。」旨の供述をしたものである。また、同日午後六時からの取調べの際、約二〇分ほど鈴木課長が取調室に同席したが、鈴木課長は、「北澤社長は、嘘まで言って警察に訴えなければならない理由があるのか。」「被害届が出されている以上調べる。やっているのであれば正直に話し、反省してもらわなければこまる。」等と真実の追求と反省を求めた。

右のとおり、田巻巡査部長及び鈴木課長は、真実発見の見地から原告を説得し、条理を説いて供述を促し、また、矛盾点を問い質したものであって、その取調べは、合理的な限度を超えていないことが明らかであり、適法である。

なお、原告は、本件逮捕直後の同五九年一月三一日弁護人を選任し、以後同年二月一七日公訴提起されるまでの間、弁護人と同月七日、同月一三日及び同月一六日の三回接見し、また、親族とも同年一月三一日、同年二月八日及び同月一四日の三回面会しているし、警察官が原告の接見ないし面会を制限したこともなかった。右取調べは、弁護人選任後になされたが、弁護人から警察での原告に対する取調べについて苦情や抗議は一切なかった。また、原告は、本件事実(二)について、当初こそ否認していたものの、同月一日にこれを認める供述をした以後は供述を変更することなく捜査段階における供述は一貫していた。

(3) 原告の主張に対する反論

原告は、田巻巡査部長が、本件事実(二)の背任の事実を否認している原告に対し、被害届一覧表(甲う第一〇号証)を示して脅迫し、北澤の供述調書(甲う第八、第九号証)を読み聞かせるなどしてそのとおりの事実を認めるよう自白を強要した旨主張するが、右被害届一覧表は、田巻巡査部長が原告から頼まれて同五九年二月一〇日ころ作成し原告の姉である須藤敏江に交付したものであって、本件取調べ当時存しなかったし、北澤の供述調書は、本件取調べ当時二通存したが、同五八年一〇月二六日付調書は既に同五九年一月二九日の事件送致の際他の証拠書類と共に検察庁に送付されていて存せず、同年二月一日付調書は笹川巡査部長が作成しており、田巻巡査部長は本件取調べ当時右調書の存在を知らなかったもので、この点に関する原告の主張は失当である。

また、原告は、鈴木課長が、机を拳で何度もたたきながら大声で怒鳴って原告を脅迫した旨主張するが、鈴木課長が取調べ室に同席したのは約二〇分程度であり、その際、多少声は大きかったものの、「どっちなんだ。本当の話をしろ。」「あんたが言っているのが正しいのか。北澤が言っているのが正しいのか。どっちが本当なんだ。」等と言いながら、右手を机の上にあげ、左右に動かし軽く握った拳の小指側のところで軽く机をトントンと叩いた程度であって、到底脅迫を加えたとは言い難いものであったから、この点に関する原告の主張も失当である。

(三) 狩谷及び斎藤の供述録取書の作成について

(1) 警察官は、狩谷に対し同人から事情を聴取するため、新潟東警察署に出頭するよう再三求めていたが、同人は多忙を理由に出頭を拒んでいた。そこで、鈴木課長から「北澤さんが車を預けた趣旨が売却依頼なのか、修理ということなのか、そのへんをよく聞いてくれ。」との指示を受けた堤巡査部長は、同五九年二月三日同人の経営する新潟市牡丹山三丁目所在のアーバンオートセンターに赴き、同センター事務室において、同人から事情を聴取し、その供述を録取した。そして、調書作成後読み聞かせ、同人からの「営業」の字句の訂正申立を受けてこれを「洗車」に訂正したうえ、誤りのないことを確認し、同人が自署押印した。右のとおり、事情聴取は、最も自由に供述できるであろうと思われる同人経営の事務室で行ったものであり、調書作成後同人からの訂正申立に従って訂正しているものであって、この点に関する原告の主張は失当である。

(2) 同日、笹川巡査部長は、同五八年八月二五日に本件車輌を新潟モータープライズに運んだのは誰かを明らかにする目的を持って、斎藤から、同人の勤務先であるセブンオートサービスの事務室において事情を聴取した。同人は、車輌の引き渡しの趣旨について、「今回も北澤社長がオイル漏れが直っていないので、良く修理してくれといって車を持って来られたんだという様なことを原告から聞いた。」旨の供述をしたので、同趣旨の内容の供述調書を作成した。そして、調書作成後読み聞かせたところ、同人は調書の中をのぞきこむようにして黙読していたが、読み終わった後、これで間違いないかと確認したところ、同人は、「私がいるとき北澤さんが車を持って来られたわけではないし、北澤さんから直接修理してくれという言葉を聞いていないんだから、はっきりしたことは、私はわからない。こういう内容だと、ちょっと具合いが悪い。」と供述の訂正を申し立てた。このため、笹川巡査部長は、調書の最後の二枚を書き換え、再度読み聞かせたところ、同人は、「これならいいです。」といって署名押印した。なお、先に録取した部分については、調書作成後、「後日問題の残らないように」と断ったうえで、同人の面前で破棄した。右のとおり、事情聴取は、最も自由に供述できるであろうと思われる同人の勤務先の事務室で行ったものであり、調書作成後同人からの訂正申立に従って訂正しているものであって、この点に関する原告の主張は失当である。

(四) 故障個所の確認について

原告は、捜査機関が、同五八年八月二四日北澤が原告に引き渡した本件車輌にオイル漏れの故障が実際に存したかどうかについて確認しなかったことは著しい任務の懈怠であり、違法である旨主張する。しかし、犯罪捜査の時期、方法、態様等は捜査機関の裁量に委ねられているところであり、捜査員としてなすべき通常の義務を怠り著しく合理性を欠くと認められない限り、違法とはならないものである。ところで、本件車輌に対する故障の存在が問題となるのは、本件事実(二)ないし(三)についてであるところ、そこでは北澤が修理のため原告に本件車輌を預けたところその委託の趣旨に反して原告が勝手に売却したという点が問題となるのであって、修理依頼の際いかなる故障がどの部位に存したかということは、故障の存在と故障個所について疑問が生じた場合にはじめて問題となるものである。そして、本件においては、北澤及び原告が、その供述調書において、一致して本件車輌に存した故障はミッションのオイル漏れであって修理依頼を受けたのにこれを売却したと供述し、これに沿う田中、狩谷らの供述調書があることに加え、原告に納得できる十分な動機が認められたのであって、あえて本件車輌に対し故障個所を確認するまでの必要性はなかったものである。したがって、本件車輌に対する故障個所の確認をしなかったとしても、捜査員としてつくすべき通常の義務を怠ったとは言い難く、この点に関する原告の主張は失当である。

2  被告国

(一) 職務行為の適法性の判断基準

およそ刑事事件において無罪判決が確定したからといって、そのことから直ちに同事件に関して行った起訴前の勾留、公訴提起及び公訴追行等の公権力の行使が違法となるものではない。勾留は、その時点における各種の証拠資料を総合勘案して犯罪の嫌疑について相当な理由がありかつ、必要が認められる限り適法であり、また、公訴提起及び公訴追行は、その時点における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば足りるのであって、検察官の右各行為が、経験則、論理則に照らして、到底その合理性を肯定することができないという程度に達していない限り、その行為は適法行為として国家賠償法による賠償の対象とはならないものというべきである。

(二) 本件勾留請求及び本件勾留延長請求の適法性

原告は本件事実(一)により同五九年一月二九日に勾留請求を、同年二月七日に勾留延長請求をされたが、それまでに検察官が収集した証拠資料の主なものは、北澤作成の同五八年一〇月二六日付被害届(甲い第七号証)、田中作成の同月二八日付被害届(甲い第八号証)、北澤の同月二六日付及び同五九年二月一日付各員面調書(甲う第八、第九号証)、中沢の同五八年一〇月三一日付及び同五九年二月二日付各員面調書(甲え第二、第三号証)、新潟県陸運事務所長作成の同日付回答書(甲い第六号証)、狩谷の同月三日付員面調書(甲う第一四号証)、原告の同年一月二八日付(二通)、同月三〇日付、同年二月一日付、同月二日付及び同月三日付各員面調書、同月六日付検面調書(甲い第九ないし第一一号証、第一八ないし第二一号証)であった。

右各証拠を総合すると、原告は、同五八年三月三日当時、新潟市内において新潟マイカーギャラリーの名称で中古車の販売、修理業を営んでおり、そのころ、新潟トヨタから本件車輌を購入し、その際、本件車輌を入質、譲渡、転貸又は担保に供する等売主である新潟トヨタの権利に影響を及ぼす行為を一切禁止するいわゆる所有権留保付の契約を締結しており、その購入代金も完済していなかったので、本件車輌の所有権を取得していなかったにもかかわらず、同月一八日本件車輌を北澤商事に売却したこと、同年八月二四日北澤から修理依頼を受けて本件車輌を預かり、翌二五日新潟モータープライズに本件車輌を売却したのに、代金を北澤に渡すことなく上京しその所在を隠したことが認められ、これによれば、原告が本件車輌をほしいままに売却し横領したとする本件事実(一)の嫌疑は十分に認められたし、また、原告は、本件犯行後、債権者等からの追求を逃れるべく身を隠し、そのため単身東京に居所を移し、その所在を他に知らせない状況にあったのみならず、妻と離婚しており生活関係も不確定であったことが認められ、さらに、本件事案の性質上従来の取引関係あるいは本件における取引内容などについて関係者の供述に依存せざるを得ないところ、原告と被害者をはじめとする本件関係者は、かねてから原告と取引関係にあったもので、原告が、従来からの同人との関係をおもんばかる関係者に働きかけて罪証隠滅をはかるおそれは多分にあったといわざるを得ず、これらに照らせば、原告には刑訴法六〇条二号、三号の勾留の理由があり、勾留の必要性も存すると認められた。また、本件においては、同一車輌について被害者を異にする二通の被害届が出されており、被害者を何人と特定するか及び本件車輌の取引内容から見て何人にどのような被害が発生しているか等は、犯罪事実、特に罪体及び罪数を特定し確定する上で不可欠の要素であり、そのため、関係者から事実関係に矛盾のないように慎重に事情を聴取し、事実関係を確定した上でなければ処分を決することが不可能であったもので、勾留延長の必要性及び正当事由が存したというべきである。

右のとおり、原告には本件事実(一)を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、勾留の理由及び必要性ないし勾留延長の必要性及び正当事由があったのであって、これが経験則、論理則に照らして到底その合理性を肯定することができないという程度に達していたということのできないことは明らかであり、本件勾留請求とこの執行行為及び本件勾留延長請求とこの執行行為はいずれも適法である。

なお、原告は、同五九年二月一日から本件事実(二)について取調べを始めた点を捉えて、この時点で、検察官が本件事実(一)についての嫌疑を消失したと主張する。しかし、これは、一般的に、原告のような自動車販売業者が自動車を購入した場合、代金完済前であっても原告に処分権が認められる場合がありうることから、この点について更に捜査を遂げる必要性が認められた一方で、前述したとおり、本件においては、同一車輌について被害者を異にする二通の被害届が出されており、新潟トヨタについては業務上横領ないし詐欺の嫌疑が、また、北澤商事については背任ないし横領の嫌疑が考えられることから、本件事実(二)についても平行して捜査をしなければ、被害者、被害の種類、内容等犯罪事実、特に罪体及び罪数を特定し確定する上で不可欠の要素を明らかにすることが困難であったためであり、原告の主張するように、本件事実(一)について嫌疑を消失したためでは決してない。

(三) 本件起訴の適法性

原告は本件事実(二)により公訴提起されたが、それまでに髙橋検事が収集した証拠資料の主なものは、右(二)に掲げたものの他、当野半一の同五九年二月九日付員面調書(甲え第一号証)であった。

右各証拠を総合すると、原告は、同一四年一〇月一〇日間高一、同タセの五男として出生し、高等学校を卒業後新潟市の富士タクシー会社に約三年間タクシー運転手として勤務した後上京し、新宿区にあるハトタクシーに約五、六年間タクシーの運転手として勤務したこと、その後、同四八年ころ新潟に戻り、家業の造園業の手伝いをしてきたが、同五〇年ころ独立し、新潟マイカーギャラリーという名前で自動車の販売、修理業を営んでいたところ、同五八年八月三一日に至り負債総額約金二億円を残し倒産したこと、原告は、同年三月三日新潟トヨタから本件車輌の引き渡しを受け、預かり保管中、代金の完済をしなければ入質、譲渡、転貸等をしてはならない契約であったにもかかわらず、いまだ本件車輌の代金の完済に至らないのに、同月一八日北澤商事に売却したこと、本件車輌を使用していた北澤は、購入後間もなく本件車輌のオイル漏れを発見し、原告に修理してくれるように頼んだところ、一向に直らなかったので、同年八月二四日再度修理を依頼したこと、ところが、原告は、同年八月に決済しなければならない手形の額面約金一二〇〇万円から金一三〇〇万円があったので、これをしなければ自己の経営する車の販売、修理業が倒産すると考え、自己の利益を図る目的で、その任務に背き、北澤から修理を依頼された本件車輌を同月二五日新潟モータープライズに代金二五五万円で売却処分したことが認められた。

髙橋検事は、原告が本件事実(二)を概ね自認していたのみならず、他の関係人(特に北澤)もこれに沿う供述をしており、また、原告には本件を犯す合理的な動機及び経済的事情も窮われたことから、本件事実(二)については、これを優に認めることができ、有罪判決が得られるとの合理的な結論に至ったものであり、その判断過程も相当と認められるから、本件起訴は適法である。なお髙橋検事が捜査により得た証拠をすべて見ても右認定を覆すに足りる証拠は存しなかったし、原告もそのような弁解を何らしていなかった。

なお、原告は、検察官が、本件起訴に際し、本件車輌の故障個所を確認しなかった点を論難するが、本件においては、本件車輌にオイル漏れの故障が客観的に存したか否かは本件起訴を問うに当って問題となるべきではなく、原告がこれを売却した主観的要素が問題となるから、本件車輌の故障個所につき捜査する必要はなく、従って、この点につき捜査しなかったとしても著しい任務の懈怠があったということはできない。

(四) 本件公訴追行の適法性

本件起訴が適法であることは右(三)で述べたとおりであるところ、公判審理に入り、北澤が本件車輌の修理内容、故障個所の点で捜査段階と異なる供述をなし、捜査段階で一貫して自白していた原告も本件事実(二)ないし(三)を否認するに至ったことから、公判審理は、北澤が同五八年八月二四日原告に本件車輌を引き渡した趣旨は何かを主たる争点として進められた。柏村検事は、北澤が本件車輌を預けた趣旨が修理依頼であることを立証するため、北澤、狩谷及び中沢を証人として申請して尋問を行い、また、犯行の動機及び目的等を立証するため、補充捜査をするとともに、米山、伊藤、多賀谷等を証人として申請して尋問を行った。

右のとおり、本件における検察官の訴訟活動は、訴訟法の手続に則った適法なものであり、かつ、立証計画及び内容も本件事案の真相を解明し公訴を維持する上で必要不可欠のものであったのであるから、本件公訴追行は適法である。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1(原告の地位)及び2(本件の逮捕、捜査、勾留、勾留延長、起訴及び公訴追行)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  適法性の判断基準

右のとおり、警察官は、同五九年一月二七日本件事実(一)で原告を通常逮捕し、検察官は、同事実により、同月二九日に勾留請求を、同年二月七日に勾留延長請求をなし、同月一七日本件事実(二)で公訴を提起し、第四回公判期日までは同事実で、第五回公判期日で本件事実(三)に訴因変更してからは同事実で公訴を追行しているが、逮捕事実ないし勾留事実について公訴が提起されなかったというだけで、また、刑事事件において無罪の判決が確定したというだけで、直ちに逮捕、勾留請求とこの執行行為、勾留延長請求とこの執行行為、起訴及び公訴追行が違法になると解すべきではなく、逮捕は、その時点において罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がありかつ、その必要性が認められる限り適法であり、勾留請求とこの執行行為及び勾留延長請求とこの執行行為は、その時点において罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がありかつ、勾留の理由及び必要性が認められる限り適法であり、起訴及び公訴追行は、その時点における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば足りると解するのが相当である。

以下、この点に立って検討を加える。

三  本件逮捕の違法性

1  請求原因3(一)(本件逮捕の違法性)のうち、本件事実(一)が新潟トヨタを被害者とする業務上横領の事実であり、その要旨は、原告が新潟トヨタから譲渡等禁止約款付割賦販売契約を交わして本件車輌の引き渡しを受けて業務上預かり保管中代金完済前に本件車輌を北澤商事に売却したというにあること、新潟トヨタ(担当者当野半一)が原告に対し本件車輌の購入方の申し込みをなしたこと、原告が本件車輌を北澤商事に売却した後五か月にわたり新潟市において営業を続けていたこと、原告が同五八年九月二〇日に東京都板橋区成増三丁目五番二号に住民登録を移したこと及び警察官が右住民登録移転の事実を新潟市長作成の身上調査照会回答書により同年一一月七日には知っていたことは、原告と被告新潟県との間では争いがない。

2  《証拠省略》によれば、本件逮捕当時における警察官が収集した捜査資料の主なものは、北澤作成の同年一〇月二六日付被害届(甲い第七号証)、北澤の笹川巡査部長に対する同日付供述調書(甲う第八号証)、田中作成の同月二八日付被害届(甲い第八号証)、田中の笹川巡査部長に対する同日付供述調書(乙第一号証)、中沢の田巻巡査部長に対する同月三一日付供述調書(甲え第二号証)、新潟市長作成の同日付身上調査照会回答書(甲い第一二号証)であったことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

右捜査資料によれば、原告は、同年三月当時、新潟市米山一丁目三番二二号において新潟マイカーギャラリーの名称で新中古車の販売、自動車修理業を営んでおり、かねてから取引のあった新潟トヨタ(担当者当野半一)から車輌の購入方の申し込みを受け、同月三日本件車輌につき自動車割賦販売契約を締結したこと、右契約書の第六条には、善管注意義務及び禁止事項として、「乙(買主)が自動車代金等の債務を負担している間は、乙または保証人は善良な管理者の注意をもって自動車を使用保管し、甲(売主)の承認がなければ下記の行為をしてはなりません。1省略、2自動車を入質、譲渡、転貸、または担保に供する等甲の権利に影響を及ぼす行為、3省略」という、いわゆる譲渡等禁止約款が規定されていたこと、原告は、新潟トヨタに対し同年四月から同五九年三月まで毎月末日を支払期日とする約束手形一二通を交付し、同五八年三月三日本件車輌の引き渡しを受けたが、いまだ残代金として金一五二万〇七三四円が残存し、本件車輌の所有権が新潟トヨタに帰属していたにもかかわらず、新潟トヨタの承認を得ることなく、同月一八日、本件車輌を北澤商事に割賦で売却し、同社から約束手形七通の交付を受けたこと、さらに、原告は、同年八月二四日北澤からオイル漏れの修理依頼を受けて本件車輌を預かったが、翌二五日本件車輌を新潟県長岡市内の新潟モータープライズに割賦で売却したこと、その後の同月三一日、新潟マイカーギャラリーは多額の負債を抱え倒産したこと、その際原告は、妻子、従業員にも行先を明らかにしないまま姿を隠したこと、原告と北澤個人及び北澤商事との取引は同五二年五月ころから始まり、原告は今までに一〇数台の自動車を北澤個人及び北澤商事に販売していること、倒産当日、このような上客たる北澤から電話連絡を受け会う約束をしていながら、北澤に本件車輌につき何ら事情を説明することなく所在をくらまし、以後音信不通となっていたこと、なお、その後の同年一一月七日、同年一〇月三一日付新潟市長作成の身上調査照会回答書によって、原告が同年九月二〇日東京都板橋区成増三丁目五番二号に住民登録を移していたことが判明したこと、しかし、それと同時に、同月五日付けで妻脩子と協議離婚をし、二人の子供とも別れて単身で生活していることが明らかとなんたこと、また、職業も不明であったことが認められる。

右捜査資料によって認められるところによると、原告は、本件車輌を新潟トヨタから割賦で購入し、いまだその所有権が新潟トヨタに帰属していたにもかかわらず、その承諾を得ることなく北澤商事に売却処分したというのであり、また、原告は、新潟マイカーギャラリー倒産後所在不明となり、捜査当局に所在が判明した当時は妻と離婚し、職業も不明の単身生活をしていたというのであるから、原告が本件事実(一)を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり(但し、本件事実(一)のうち、本件車輌の売却先が北澤となっている点は北澤商事の誤りである。)、かつ逮捕の必要性もあったということができる。従って、本件逮捕は適法であるというべきである。

3  原告は、本件にあっては譲渡等禁止約款の適用のないことが明らかであったと主張するが、本件全証拠によるもこれを認めるに足りる証拠はない。さらに原告は、当野半一から事情を聴取しなかったことを論難する。なるほど、直接の販売担当者である当野から原告との交渉内容の詳細につき事情を聴取することは、事案の真相を明らかにするうえで重要なことであり、また、その後明らかになる同人の供述内容(当野の田巻巡査部長に対する同五九年二月九日付供述調書、甲え第一号証)に照らすと、譲渡等禁止約款の適用の有無についてはさておき(当野はこの点につき新潟トヨタと異なる認識を有していたと思われ、このことは、使用者名義の変更をすることができなかったことにつき当野が原告に謝罪していることから推認することができる。)、本件事実(一)の成否、特にその主観的要素につき疑義を与えるということができるけれども、本件事実(一)の成否につき最も重要性を持つ譲渡等禁止約款の適用の有無については、既に田中から事情を聴取し、その適用されることの十分な確認を得ていることが明らかで、田中が当野の上司で新潟トヨタの車輌部第二課長の地位にあることや当野に代わって供述する旨述べていることなどに鑑みると、その当時、田中とは別に、当野から事情を聴取すべき理由も必要性もなかったものと思量されるから、この点につき警察官の捜査に過失があったということはできず、原告の主張は理由がない。また、原告は、住民登録を移しているにもかかわらず、原告から一度も事情を聴取することなく本件逮捕に及んだことを論難する。しかし、原告から事情を聴取するか否かは犯罪捜査の特質、特にその密行性という観点から捜査当局の裁量に委ねられた事項に属するところであるから、原告から事情を聴取しなかった点を捉えて捜査当局に批難を加えることはできず、また、住民登録を移したことから直ちに逮捕の必要性なしと断ずることもできない。原告には、本件逮捕当時その必要性の認められたことは右2で述べたとおりであるから、この点に関する原告の主張にも理由がない。

四  本件勾留請求とこの執行行為及び本件勾留延長請求とこの執行行為の違法性

1  請求原因3(二)(本件勾留請求とこの執行行為及び本件勾留延長請求とこの執行行為の違法性)のうち、検察官が本件事実(一)を被疑事実として本件勾留請求とこの執行行為及び本件勾留延長請求とこの執行行為をなしたこと、警察官が検察官との協議に基づき同五九年二月一日から本件事実(二)について取調べを始めたことは、当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》を総合すれば、本件勾留請求当時における検察官の手持証拠の主なものとしては、前記三に掲げたものの他、原告の田巻巡査部長に対する同年一月二八日付供述調書二通(甲い第九、第一〇号証)であったことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

右手持証拠によれば、前記三において認定した事実の他、原告は同五八年一〇月二〇日ころから安全興業株式会社でタクシー運転手として稼働し、一か月約金二〇万円から金三〇万円の収入を得、このうちから賃貸アパートの賃料として金五万円を支払って単身で生活していたこと、原告の新潟マイカーギャラリーの倒産時の負債総額が約金二億円に上り、これを支払うべき目途が全く立っていなかったばかりか、見るべき財産とてなかったこと、本件事実(一)を全面的に自白していたことが認められる。

右手持証拠によって認められるところによると、原告が本件事実(一)を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり(但し、本件事実(一)のうち、本件車輌の売却先が北澤となっている点は北澤商事の誤りであることは前述したとおりである。)、勾留の理由(刑訴法六〇条一項二、三号)及び必要性があったということができるから、本件勾留請求とこの執行行為は適法であるというべきである。

3  次に、《証拠省略》を総合すれば、本件勾留延長請求当時における検察官の手持証拠の主なものとしては、前記三及び右2に掲げたものの他、北澤の笹川巡査部長に対する同五九年二月一日付供述調書(甲う第九号証)、中沢の笹川巡査部長に対する同月二日付供述調書(甲え第三号証)、新潟県陸運事務所長作成の同日付回答書(甲い第六号証)、狩谷の堤巡査部長に対する同月三日付供述調書(甲う第一四号証)、原告の田巻巡査部長に対する同年一月三〇日付、同年二月一日付、同月二日付及び同月三日付及び髙橋検事に対する同月六日付各供述調書(甲い第一一号証、第一八ないし第二一号証)であったことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

右手持証拠によれば、前記三及び右2において認定した事実の他、新潟マイカーギャラリーは約三年前から経営難に陥り、同五八年からは毎月約金二〇〇〇万円の手形決済に追われるようになったこと、同年八月二〇日当時、月末に約金一二〇〇万円の手形決済があることから、資金捻出のため、そのころ新潟モータープライズに車四台の購入方を申し込んだこと、その後の同月二四日、北澤からオイル漏れの修理依頼を受け本件車輌の引き渡しを受けたこと、そして右車輌四台の売却だけではいまだ決済資金が不足することから、本件車輌の購入方も申し込み、同月二五日本件車輌を金二五五万円で右四台の車輌と共に新潟モータープライズに売却し、同日この売却代金総額約金六二四万円を約束手形四通で受け取り、そのころこれらを割引いて営業資金として利用したこと、しかし、原告は、新潟マイカーギャラリー倒産の際、北澤に右売却代金を渡すことなく夜逃げ同然で単身上京したこと、原告は以上に沿った事実を供述し、本件事実(一)についても一応外形的事実を認める旨の供述をしてはいたものの、右髙橋検事に対する同五九年二月六日付供述調書においては、新潟トヨタは本件車輌を転売することを予め承知していたものと理解していた旨の弁解をなしていたことから、この点について関係人から事情を聴取するなどしてさらに捜査を遂げる必要があったこと、原告の犯行の動機を解明するためには、原告のなしてきた営業上の経理関係を会計帳簿及び会計担当者からの事情聴取等によって明らかにする必要があったところ、いまだこの点についての捜査が遂げられていなかったこと、原告は、右のように本件事実(二)についても犯行を認める供述をしていたが、この点についてもさらに参考人から事情を聴取するなどして捜査を遂げる必要があったことを認めることができる。

右手持証拠によって認められるところによると、本件勾留延長請求当時においても、原告が本件事実(一)を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、また、本件事実(一)について起訴、不起訴を決定するため、さらに勾留期間を延長する必要があったということができるから、本件勾留延長請求とこの執行行為も適法であるというべきである。

4  原告は、警察官が、検察官との協議に基づき同五九年二月一日から本件事実(二)について取調べを始めた点を捉えて、この時点で、検察官は本件事実(一)についての嫌疑が存しなくなったことを知っていたか、あるいは知り得たのに本件事実(二)についての捜査目的のため本件勾留請求とこの執行行為及び本件勾留延長請求とこの執行行為をなしたものである旨主張する。なるほど、同日以後の原告の警察官に対する前掲各供述調書によると、被疑事件の罪名が業務上横領から背任に変更されてはいるが、その供述内容を見ると、本件事実(二)についてのみならず、本件事実(一)についても事情を聴取しており、原告は、右各調書中で、本件車輌は商品車として購入したもので、当然北澤に使用者名義の変更ができるものと思っていた旨、新潟トヨタの当野も同じように考えていた旨供述するなど、本件事実(一)の犯罪の成否に関する重要な部分について供述していることが明らかであるから(従って、原告の髙橋検事に対する同月六日付供述調書は、このような原告の本件事実(一)に対する供述の変遷を受けて、これを明らかにする趣旨で作成されたものと解するのが相当であり、これとは無関係に、検察官の本件事実(一)についての嫌疑の消失を示すためにあえて作成されたものということはできない。)、検察官の本件事実(一)についての嫌疑が消失したとは到底いうことができず、原告の主張は理由がない。

五  本件取調べの違法性

1  請求原因3(三)(警察官による自白の強要)の事実のうち、原告が、本件逮捕後、本件事実(一)について取調べを受けてきたこと、警察官が、同五九年二月一日午後三時からは本件事実(二)について取調べを開始し、田巻巡査部長が右取調べに当ったこと、田巻巡査部長が同日午後三時及び同六時から原告を取調べたこと、原告の供述調書の内容が車のオイル漏れの修理依頼となっていることは当事者間に争いがなく、同日午後三時からの取調べの際、原告が本件車輌のオイル漏れは修理済みである旨及び同五八年八月二四日に北澤から売却依頼を受けて本件車輌の引き渡しを受けた旨の弁解をしていたこと、午後六時からの取調べには鈴木課長が取調室に同席したことは、原告と被告新潟県との間では争いがない。

2  《証拠省略》によれば、原告は、本件事実(一)で同五九年一月二七日逮捕されて以降、同月二八日、三〇日、三一日と同事実について田巻巡査部長の取調べを受けたこと、右各取調べの際、原告は、譲渡等禁止約款が適用されることについては不満を抱いていたものの、形式的には右約款が存する以上やむを得ないものと考え、逮捕事実を認める供述をしていたこと、ところが、同年二月一日午後三時に至り、田巻巡査部長から、本件事実(二)について取調べを始める旨告げられ、その要旨として、北澤からオイル漏れの修理依頼を受けたにもかかわらず、委託の趣旨に反して本件車輌を新潟モータープライズに売却した旨の説明を受けたこと、原告は、当初、オイル漏れは修理済みである旨及び本件車輌は修理依頼のために預かったものではなく売却依頼のために預かったものであり、このことは新潟マイカーギャラリーの従業員が知っている旨の弁解をしたこと、そこで、田巻巡査部長は、同日原告の弁解の真偽を確認するため、新潟マイカーギャラリーの従業員であった狩谷と北澤に架電したところ、狩谷は北澤が本件車輌を置いていったことは認めたものの、引き渡しの趣旨については知らないと申し立て、北澤は「売ってくれとか、処分してくれとかは一つも言っていない。」等と申し立て、結局、原告の弁解する売却依頼の裏付けを得ることができなかったこと、同日午後六時からの田巻巡査部長の取調べには、鈴木課長が同席し、一つの机を挟んで田巻巡査部長と原告が向い合い、鈴木課長は田巻巡査部長の右、原告の左に着席したこと、田巻巡査部長は右確認事実を告げたが、原告は同様の弁解を繰り返していたこと、これに対し、田巻巡査部長は、売却依頼であるとするなら、北澤との間で通常行われるであろう売買契約の内容、注文書、下取り価格等について何ら具体的な供述がないことや、同五八年八月三一日に北澤と会う約束を反故にして逃げた理由等について追求し、約二〇分ほど同席した鈴木課長は、その間声を荒げて、「北澤社長は、嘘まで言って警察に訴えなければならない理由があるのか。」「被害届が出されている以上調べる。やっているのであれば正直に話し、反省してもらわなければこまる。」「どっちなんだ。本当の話をしろ。」「あんたが言っているのが正しいのか。北澤が言っているのが正しいのか。どっちが本当なんだ。」等と言いながら、右手を机の上にあげて握った拳の小指側のところで机をトントンと叩いたこと、これに対し、原告は、同日午後六時二〇分ころ、真実は必ず実証されると考え、嘘と知りつつ、本件車輌の引き渡しの趣旨がオイル漏れの修理依頼であることを認め、その後の同月二日、三日の取調べにおいても同旨の供述をしたこと、原告は、同月六日髙橋検事の取調べを受けたが、その際、同月一日午後六時からの田巻巡査部長及び鈴木課長による取調べの状況については何も語らなかったこと、原告は、同年一月三一日弁護人を選任し、以後同年二月一七日公訴提起されるまでの間、同月九日、一三日及び一六日の三回弁護人と接見し、また、親族とも同年一月三一日、同年二月八日及び一四日の三回面会していること、原告は、同月九日弁護人と接見した際、同月一日午後六時からの取調べの状況について話したが、弁護人から警察に対して原告に対する取調べにつき苦情や抗議は一切なかったこと、以上の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によると、原告の弁解及びこれに対する裏付けが得られなかったことなどから、田巻巡査部長及び鈴木課長の追求ないし言動が相当の熱気を帯びていたであろうことは十分推測できるところであるが、本件取調べの態様は右に認定したとおりであって、右の点を考慮しても、いまだ自白の強要に当ると言うことはできず、このことは、本件取調べの時間、その後の原告の自白状況や弁護人との接見状況等に照らしても十分首肯できるところである。

原告は、田巻巡査部長が原告に被害届一覧表を示し、「これを認めないと、他に出ている被害届があるんだから、みんな罪にするぞ。」と脅迫した旨主張する。しかし、原告の主張する被害届なるものが何人によって何時作成されたのか、本件全証拠によるもこれを認めることができず、かえって、成立に争いのない甲お第四号証によれば、本件刑事事件の捜査過程において原告の主張する如き被害届なるものは存しなかったことを認めることができる。

もっとも、《証拠省略》によれば、田巻巡査部長は、原告に対する取調べに際し、原告が事実上倒産して所在不明となって以降、新潟東警察署に原告から車輌等を購入した者などから金銭的問題の問合せとか、購入車輌の所有者名義の変更ができない等の苦情が寄せられていたので、これらのことについて事情を聴取したところ、原告は、現在逮捕されているので右名義変更等に関しては姉に依頼して処理したいのでその旨姉に伝えて貰いたい旨の依頼を受けたこと、そこで、田巻巡査部長は、同五九年二月中旬ころ、右問合せ、苦情等を一覧表にして作成し、そのころ、これを原告の姉に交付したこと、本件刑事被告事件において弁護人から右一覧表が被害届一覧表なる標目で証拠として提出されたことを認めることができるところ、この認定事実によれば、右一覧表は法上の被害届を一覧表にしたものでないことは明らかであるし、また、右一覧表作成の経過、趣旨及びその交付先に鑑みると、田巻巡査部長が、本件取調べに当り、原告から自白を得るために、法上の被害届に該当しない単なる問合せや苦情等をこれあたかも正式な被害届が存するもののように装って原告主張の如き言動をなしたとは到底考えることはできない。

よって、この点に関する原告の主張は理由がない。

六  警察官による虚偽の供述録取書の作成

1  請求原因3(四)(警察官による虚偽の供述録取書の作成)のうち、堤巡査部長が同五九年二月三日狩谷から参考人として事情を聴取したこと、笹川巡査部長が同日斎藤から参考人として事情を聴取したことは、原告と被告新潟県との間では争いがない。

2  《証拠省略》によれば、田巻巡査部長は、鈴木課長の指示により、同五九年二月一日午後三時から本件事実(二)について取調べを開始したこと、その際原告は、本件車輌のオイル漏れは修理済みである旨及び同五八年八月二四日北澤商事から本件車輌の引き渡しを受けたが、それは修理依頼のために預かったものではなく、売却依頼のため預かったのであり、このことは新潟マイカーギャラリーの従業員が知っている旨の弁解をしたこと、そのため田巻巡査部長は、右取調べ終了後新潟マイカーギャラリーの従業員であった狩谷に架電して原告の弁解について確認したところ、狩谷は同日北澤が本件車輌を置いていったことは認めたものの、引き渡しの趣旨については知らない旨申し立てたこと、その後、警察官は、狩谷から事情を聴取するため数回にわたり新潟東警察署に出頭するよう求めていたが、狩谷は多忙などを理由に出頭を拒んでいたこと、そこで、鈴木課長は、堤巡査部長に対し「北澤さんが車を預けた趣旨が売却依頼なのか、修理ということなのか、そのへんをよく聞いてくれ。」との指示を与えたこと、この指示を受けた堤巡査部長は、同五九年二月三日狩谷の経営するアーバンオートセンターに赴き、同センター事務室において狩谷から事情を聴取したところ、狩谷は、同五八年八月二四日北澤と直接話はしておらず、従って、どんな理由で北澤が本件車輌を置いていったのかという点については明確には知らなかったが、少なくとも売却依頼があったということは聞いていなかったし、過去に数回修理のために本件車輌を置いていったことや北澤が自動車に関して神経質であることなどから、今回もおそらく修理のために置いていったものと考えていたこと、そのため、堤巡査部長から同五八年八月二四日の引き渡しの趣旨を聞かれた際、自己の信ずるところに従って修理依頼を受けて預かった旨の供述をしたこと、なお、同年八月当時、同年九月から新潟マイカーギャラリーを有限会社にして狩谷が共同経営者として参加するという話があり、狩谷は、そのために新潟マイカーギャラリーに約金七〇〇万円の融資をしかつ、長年勤めたタクシー会社を辞めてそのための態勢を整えていたこと、同年八月二五日原告は本件車輌の他車輌四台を新潟モータープライズに売却したが、狩谷は、右事情及び右四台の車輌の中に自己所有の車輌が含まれていたことから、なんらの相談もなく右売却がなされたことについて原告を問い詰めたこと、そして、この点についても、その旨堤巡査部長に供述したこと、堤巡査部長は、調書作成後これを狩谷に読み聞かせ、申し出に従って「営業」を「洗車」と訂正し、狩谷は右調書を確認した後自署押印したこと、以上の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、同五八年八月二四日の本件車輌の引き渡しの趣旨につき、狩谷が同五九年二月一日田巻巡査部長に話した内容と狩谷の同月三日付供述録取書の記載内容との間に食い違いはあるが、堤巡査部長は狩谷の供述をそのまま録取したことが明らかであるから、原告の主張は理由がない。

3  《証拠省略》によれば、原告は、田巻巡査部長の取調べに対し、同五八年八月二五日本件車輌を新潟県長岡市にある新潟モータープライズに売却したが、本件車輌を右売却先まで斎藤と共に運行していった旨の供述をしていたこと、そこで、その確認を得るため、同五九年二月三日、笹川巡査部長は、斎藤の勤務先であるセブンオートサービスに赴き、同事務室で斎藤から事情を聴取したこと、その際斎藤は、売却しても良い商品を新潟モータープライズに売却したにすぎないと思っており、その旨話したものの、この点については北澤から直接話を聞いてはおらず、また、原告や他の従業員からも明確には聞いていなかったことから、最終的には、いかなる理由で北澤が本件車輌を置いていったのかという点についてはよく分からないという趣旨を述べたこと、笹川巡査部長は、当初、修理依頼で本件車輌を預かった旨の調書を作成したが、これに対して斎藤は内容が違う旨述べて訂正の申立てをしたこと、そこで笹川巡査部長は、これを書き換え、本件車輌の引き渡しの趣旨についてはよく分からない旨の調書を作成したこと、斎藤は、右調書内容が最終的によく分からないという趣旨になっていたことから右調書に署名押印し、笹川巡査部長は書き換え前の調書を破棄したことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実、特に供述録取書作成の経過、事情聴取の場所等に照らすと、笹川巡査部長が斎藤の供述と異なる内容虚偽の供述録取書を作成したとは認めることはできず、原告の主張は理由がない。

七  警察官及び検察官の捜査懈怠

1  請求原因3(五)(警察官及び検察官の捜査の懈怠)のうち、北澤が同五八年一〇月二六日付及び同五九年二月一日付各供述録取書において、本件車輌の引き渡しの趣旨がオイル漏れの修理依頼であったと述べていること、警察官が同五八年一〇月三一日と同五九年二月二日に中沢から事情聴取をしたことは当事者間に争いがなく、同日本件車輌の任意提出を受け写真撮影を行っていることは原告と被告新潟県との間では争いがない。

2  原告は、警察官及び検察官(以下「捜査当局」という。)が本件捜査過程において本件車輌の故障の有無及び態様の確認をしなかったことは捜査担当者として任務懈怠であったと論難する。

なるほど、本件事実(二)は、北澤の原告に対する本件車輌の委託の趣旨がその修理依頼となっているのであるから、右修理内容を明確にすることも犯罪構成事実を明らかにするために必要不可欠であることはいうまでもない。

そこで、この点についてみるに、《証拠省略》を総合すれば、捜査当局は原告に対する本件事実(二)についての犯罪の成否は北澤の原告に対する本件車輌の委託の趣旨が修理依頼であったか否かにあるとの観点からこの点に最も力を置いて捜査を遂行していたこと、被害者である北澤は当初から原告に本件車輌を預けたのはオイル漏れの修理依頼であった旨一貫して供述しており、原告は、当初こそオイル漏れは修理済みであった旨及び売却依頼を受けた旨弁解をしたが、その後は一貫して北澤に沿った供述をし、第三者的立場に立つ田中、狩谷もこれに沿う供述をしていたこと、そのため捜査当局は、右修理の具体的内容に関しそれ以上北澤から事情聴取することをせず、北澤の供述が客観的事実に合致するものと信じ、この点に関しては右の程度の捜査をしたのみで、修理個所を確認するため本件車輌を検分するなどのことをしなかったこと、以上の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によると、捜査当局としては捜査段階において本件事実(二)の成否は一に北澤の原告に対する本件車輌の委託の趣旨が修理依頼にあったか否かに最重点を置いてその解明のために捜査を遂行していたというのであって、このことは当時の捜査状況から見て十分首肯し得るところである。

もっとも、《証拠省略》によると、北澤は本件刑事被告事件の公判段階において、右修理内容はオイル漏れではなくミッション部分の異音であったと変更し、しかも、このように変更したことについて捜査当局に説明不足であったなどと述べるのみで合理的説明をなし得ないことを認めることができるので、このことからすれば、捜査当局は捜査段階において右修理内容につきさらに捜査を遂げるべきではなかったかといえなくもない。

しかし、右に認定したとおり、捜査段階においては、右修理内容につき被害者である北澤の供述と原告との供述が一致しており、第三者的立場に立つ者の裏付け供述が得られていたというのであるから、捜査当局に対し、これ以上その解明のために捜査を遂げるべきであったと要求することは些か酷に過ぎるといわなければならない。

以上のとおりであるから、この点に関する原告の主張も理由がない。

八  本件起訴の違法性

1  請求原因3(六)(本件起訴の違法性)の(2)のうち、本件事実(二)が北澤商事を被害者とする背任の事実であり、その要旨は原告が北澤商事から本件車輌の修理依頼を受けて預かり保管中右任務に違背して本件車輌を売却したというものであること、髙橋検事が、本件起訴時において、原告が北澤から修理を依頼された故障内容をオイル漏れであると考えていたことは、原告と被告国との間では争いがない。

2  《証拠省略》によれば、本件起訴当時における検察官の手持証拠の主なものとしては、前記三及び四に掲げたものの他、当野半一の同五九年二月九日付員面調書(甲え第一号証)があったことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

右各証拠によれば、原告は、高校卒業後新潟市内及び東京でタクシー運転手として稼働し、先に認定したとおり、同五〇年ころから新潟市内において新潟マイカーギャラリーの名称で自動車の販売、修理業を営んでいたが、約三年前から経営難の状態にあり、同五八年八月三一日負債総額約金二億円を残して倒産したこと、原告は、先に認定したとおり、同年三月三日新潟トヨタから本件車輌を割賦で購入し、同日その引き渡しを受けたが、右売買契約には譲渡等禁止約款が付されており、代金債務を負担している間は入質、譲渡、転貸等をしてはならないことになっていたにもかかわらず、いまだ代金の完済に至らない同月一八日本件車輌を北澤商事に割賦で売却したこと、本件車輌を使用していた北澤は、購入後間もなく本件車輌のオイル漏れを発見し、原告に修理を依頼し、この故障は一旦は直ったものの、その後再びオイル漏れが発生したので、同年八月二四日再度修理を依頼したこと、原告は、同月末に約金一二〇〇万円から金一三〇〇万円の手形決済を控えており、これをしなければ新潟マイカーギャラリーが倒産必至と考えていたこと、そのため、原告は、北澤から修理を依頼された本件車輌を同月二五日新潟モータープライズに代金二五五万円で処分したことが認められるのであって、これらの事実によれば、本件起訴当時原告が本件事実(二)について有罪と認められる嫌疑があったものと認められる。

従って、本件起訴に違法の廉があったということはできず、適法であったというべきである。

3  この点につき、原告は、検察官が本件起訴に当り、故障個所・修理の確認、北澤の取調べ等の捜査をしなかった点を論難する。しかし、前記認定事実及び前記七で述べた事情を総合すると、新潟マイカーギャラリーの当時の経済的事情から原告が本件事実(二)を犯したことを疑うに足りる十分な動機が認められ、また、原告の自白には任意性を疑わせるような事情も窮うことができなかったということができるから、検察官の起訴に過失があったということはできない。

従って、この点に関する原告の主張も理由がない。

九  本件公訴追行の違法性

1  請求原因3(七)(本件公訴追行の違法性)の(2)のうち、本件刑事被告事件の第二回公判期日において、検察官の申請にかかる証人北澤、同狩谷の各証人尋問が行われたが、柏村検事が、これに先立ち右両証人に事情聴取を行ったことは、原告と被告国との間では争いがない。

2  《証拠省略》によれば、原告は、本件刑事被告事件の第一回公判期日(同五九年三月一二日)の罪状認否において、本件事実(二)につき捜査段階における自白を撤回し、本件車輌を北澤から預かったのは修理依頼ではなく買い換えのための売却依頼であったと全面的に否認するに至ったので、公判審理での最大の争点は背任罪の前提となる修理のための委託信任関係が存したか否か、すなわち、北澤が原告に本件車輌を預けた趣旨は修理依頼であったか否かとなったこと、そこで、公判担当の柏村検事は、その主張する訴因を立証するため、北澤を証人として三回に亘り申請し、その尋問において北澤が原告に本件車輌を預けたのは売却依頼ではなく、修理依頼であった旨の検察官主張に沿った証言内容を得ることができたが、その修理内容については捜査段階において得られたオイル漏れである旨の供述とは矛盾したミッション部分からの異音であった旨の証言内容を得る結果となり、しかも、右矛盾したことについては合理的説明を得ることができなかったこと、さらに検察官は、狩谷、中沢、田中、米山清、多賀谷巌らを証人として申請して尋問をなし、原告の営んでいた中古車等の販売業の経営状態については前記四の3で認定したとおりの状況にあって原告が本件車輌の委託の趣旨に反して売却する動機の存したことについての一応の証言内容を得ることができたが、右委託の趣旨については北澤の証言を裏付ける内容の証言を得ることができなかったこと、しかし、柏村検事は、北澤の修理内容の変更についての証言は北澤が捜査当局に十分事情説明をすることができなかったものと考えており、また、北澤と原告とは従前から信頼関係に基づいた取引をなしており、個人的にも親しく交際してきたことから、北澤が原告に遺恨を抱いていた事情も認められず、北澤の実業家としての高い社会的地位などから北澤が原告を窮地に追い込む状況になかったから、北澤の捜査段階における供述ないし証言は十分信用できるとの確信を抱いていたこと、これに反し、原告の弁解ないし供述は矛盾ないし不合理な点が多々あるので信用性が極めて乏しく、これに沿った原告の元の妻である五十嵐脩子の証言も同様に信用できないと考えていたこと、他方、弁護人は、本件刑事被告事件の第六回公判期日(同年六月二七日)において右五十嵐の証人尋問を行い、原告の右弁解を裏付ける証言内容を得ることができたこと、そして、本件刑事被告事件判決は、北澤の修理内容についての矛盾供述を重視したことなどから、北澤の捜査段階における供述及び公判段階における証言を全体的に措信できないものとしたこと、以上の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によると、本件刑事被告事件において原告が有罪となるか否かは、有力な物的証拠が存しなかったので、一に北澤の捜査段階における供述及び公判段階における証言の信憑性如何にかかっていたのであり、それ故公判担当検察官も北澤を三回に亘り証人として尋問し、これを裏付ける他の証人尋問等の立証活動を展開したものと考えられる。

ところで、本件起訴段階においては原告に本件事実(二)につき有罪の嫌疑の存したことは前述したとおりであるから、公判担当検察官がその有罪立証のため右の如き公訴追行活動を展開することはその職責に属し、これを捉えて検察官に批難を加えることができない。

なるほど、原告は本件刑事被告事件につき無罪とはなったが、それは北澤の供述ないし証言が崩れたことが決定的理由であったのであり、確かにこの供述ないし証言には措信できないところもあるが、検察官は原告の有罪を根拠付ける証拠を収集していたので原告の有罪を確信していたのであり、検察官がこのように確信したことについては、北澤の供述ないし証言を過信したところに判断の誤りがあったと批難されても止むを得ないところであろうが、検察官がこのように確信したことについて著しい判断の誤りがあったということのできないことは前述したところから明らかであり、本件公訴を追行・維持するか否かは一に検察官の裁量権の範囲内に属していたということができる。

原告は、検察官は犯罪が成立しないことを知り、あるいは有罪判決を得る見込みのないことを認識しながら公訴を追行・維持した旨主張するが、本件全証拠によるもこれを認めるに足りる証拠はない。

以上のとおりであるから、本件公訴追行・維持は適法であり、原告のこの点に関する主張は理由がない。

一〇  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 林豊 裁判官 田島清茂 裁判官長久保守夫は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 林豊)

〈以下省略〉

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